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今必要なのは非常事態宣言なのか

カテゴリ:電子かわら版コラム|更新日:2020年3月25日

このコーナーでは、ウェブやメールマガジンの企画運営を行っている「電子かわら版チーム」メンバーのコラムを紹介しています。一緒に企画運営をしたいボランティアも随時募集中です。関心のある方は京都事務局まで。

与党の呼びかけにより、野党の多くも賛成に回った改正特措法ですが、
懸念されるのは、内閣総理大臣による緊急事態宣言を
改正前から何の修正もなく残している点です。


元々民主党政権下で施行されたこの法律には、
2012年の成立当初から多くの危険性が指摘されてきました。
「対策を的確かつ迅速に実施するため特に必要があると認めるときは、その必要な限度において」
行政機関の長や職員、あるいは公共機関に、要請ではなく指示を出せます(33条)。
行政機関に指示が出せる以上、
それらが管轄する施設を利用して催しを行うことはできなくなります。


集会・結社の自由も表現の自由も、
憲法上の基本的人権が制限されることになります。
事実この法律には様々な要請・指示が書かれています。


未知のウイルスに対する非常事態に、
個人の権利の制限もやむなし、というのも一理あります。
しかし、法律がその上位規範である憲法を無視するということはあってはなりません。


法律が立憲的な憲法秩序を一時的に停止して非常措置をとる権限を、
国家緊急権と呼びます。
憲法改正して緊急事態条項を加えようとする動きは、
この国家緊急権を明記するということです。
国家緊急権の濫用の危険は、世界の歴史の中に多く見られることです。
危険であるが故に、また実際にその危険に翻弄されたが故に、
第二次世界大戦後に制定された日本国憲法にはこれが明記されなかったのです。


今回の法改正をめぐり非常事態宣言の発布がほのめかされていることは、
非常事態を利用した憲法改正の一里塚と邪推されても仕方がありません。
そもそも、何の拘束力もない首相の休校要請に、
全国の約99%の学校が唯々諾々と従ったという国民性を見ても、
法律としての非常事態宣言が不要であることは明らかです。


本来であれば、憲法無視の与党の動きに対して、
野党は一斉に反発する必要がありました。
そもそも特措法に改正の必要がなかったこと、
改正するとしても非常事態宣言の違憲性を強調し、強権に歯止めをかけること、
意を尽くし、反対を表明し、後世の人の目に映すべく、
打てる手はあったはずです。


それでもこの改正案に反対したのはわずかな人数でした。


仮に憲法上の権利を一時的に侵害するのを許すのであれば、
それに相応しい補償の規定が必要です。
権利を侵害する代わりに、暮らしを守るための生活費を補償し、
後日に必ず侵害した権利を回復する確約を与える。
それに不満があるようであれば違憲審査への道筋を明らかにする。


憲法に掲げられた全ての人権を保障すべく、
ありとあらゆる英知を集める努力なくして、
非常事態を打開する力とはなりえないのではないでしょうか。
(はるかぜ)


<執筆者紹介>
ペンネーム:はるかぜ
コーヒー屋。コーヒーが生まれる場所を見たくてエクアドルのコーヒー生産者に会いに行き、
ご近所の生産者のことが気になり始める。
フェアトレードって途上国だけのことなのか。
色んなところでコーヒーを淹れて、ゆるやかな時間を作ります。
出会った人達の商品を紹介中。歴史と京都と町家も好き。

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