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かつて、京都市内では霧を見ることができました

カテゴリ:電子かわら版コラム|更新日:2021年11月10日

このコーナーでは、ウェブやメールマガジンの企画運営を行っている「電子かわら版チーム」メンバーのコラムを紹介しています。一緒に企画運営をしたいボランティアも随時募集中です。関心のある方は京都事務局まで。

地球温暖化の象徴として、
氷河の後退や桜の開花時期の遅れなどがよく取り上げられますが、
私は、京都の霧の減少に関心を持っています。


気象庁の定義では、霧は空気中の水滴によって
見通し距離が1km未満になった場合のことで、
1km以上の場合はもやと言います。
京都で霧が出るためには、
日中と比べて朝晩の気温が十分に下がる必要があります。


古来、霧は多くの貴族によって和歌に詠まれてきました。
源氏物語では、霧の深い朝、六条御息所の屋敷内で中将の君が
源氏にこのような和歌を詠んでいます。


朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る


京都地方気象台の記録によると、
1930年代に霧の発生回数が年間100日以上だった年があったことを考えると、
昔は京都市中心部に霧が立ち込めるのは普通のことだったのでしょう。


しかし、京都市中心部の霧の発生回数は1930年代をピークに年々減少し、
1980年代以降はほぼゼロになってしまいました。


その大きな原因は、地球温暖化と都市化に伴うヒートアイランドによって
京都市中心部の年平均気温が100年当たり約2.0℃も上昇してしまい、
朝晩の気温が十分に下がりきらなくなったことです。


現在、山の近くに行けば、
京都市内でもわずかに霧を見ることができます。
例えば、よく晴れた秋の朝、嵐山の渡月橋に立つと、
亀岡盆地から流れ出た霧が強い風によって
運ばれてくるのを見ることができます。
ただし、正確に言えば、薄い層雲です。


翻って私たちの社会を見れば、
ペットボトル飲料が街中に溢れ、食品ロスが多く発生し、
COP26では温室効果ガス排出量削減の加速化の道筋を見通せません。
こうした状況が続けば、霧に覆われた街のような、
当たり前のようにあった風景を次々と失ってしまいます。
それは、先人たちが築いてきた文化を失ってしまうことにもつながります。
(くらげ)


<執筆者紹介>
ペンネーム:くらげ
小さい頃から、曲線に心惹かれています。
海も空も曲線が美しい。
曲線が持つ無限のバリエーションはすばらしく、
変化する様子は見飽きません。
曲線への興味を通じて、気候の勉強を始めたような気がします。
いつまでも、きれいな曲線を残したい。

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