第4回 COP10で注目される議題その3 ABS=遺伝資源へのアクセスと利益配分 | 認定NPO法人 環境市民

第4回 COP10で注目される議題その3 ABS=遺伝資源へのアクセスと利益配分

If there is will, a fair and equitable deal is possible.
意志があれば、公正で衡平な配分は可能だ。

文/ 「ECO」日本語化プロジェクト コーディネーター 原野 知子

……これは、今年の7月、ABS作業部会_1の際に発行された「ECO vol.33」の冒頭に掲載された記事のタイトルです。この記事は次のように始まります。
「ついにABS議定書について、現実的な交渉が行われた。この段階に到達するまでに何年もかかり、そのあいだにバイオパイラシー_2は続き、先住民族と地域社会と原産国の権利は侵害された。次のチャレンジは、強い議定書を携えて我々がアイチ・ナゴヤに行くことだ」。

……ABS(Access to Genetic resources andBenefi t-sharing)とは?

生物多様性条約(CBD)の目的は、1.生物と生息環境の保全、2.生物資源の持続可能な利用、
3.遺伝資源から得られる利益の公正・衡平な配分(ABS)の三つです。ABS議定書はこの三つ目の目
的のための新ルールで、生物多様性の喪失を防ぎ、持続可能に利用するためのものです。
たとえ話です。──あなたは貧しい村に住んでいた。あなたの家の庭に昔から一本の木があって、その実を煎じて飲むと元気になるという言い伝えがあった。あなたはその木を大切に守り、近所にも煎じ薬を分け与えていた。ある日、外国の研究者がその実を研究するために持ち帰った。しばらくして外国の企業から、木の実を煎じることは特許権の侵害にあたるという通知が来たため、あなたは訳が分からないまま、その木を切ってしまった。その企業の製品は大ヒットし、莫大な利益を生み出した。しかし貧しい村は貧しいままで、しかも貴重な木まで失われてしまった。村人は、これからは外国には何も渡してはいけないとの教訓を得た。──実はこのようなことが、今までに世界各地で数え切れないほどあったのです。
CBD第15条に、遺伝資源を有する国が主権を持つこと、利益配分のためにルールをつくること、などが定められています。また、遺伝資源についての伝統的知識を、その地域の先住民族やコミュニティが維持している場合も多くあります。前述のたとえ話で言えば、木の実の煎じ方が伝統的知識にあたります。CBDでは第8条(j)項で、この伝統的知識についても、それによって得られる利益の衡平な配分を奨励しており、多くの先住民族がABS交渉に関わっています。

……名古屋議定書は採択されるのか?

当然、遺伝資源を豊富に持つ途上国と、研究開発・製品化を行う先進国との間では主張がぶつかります。COP6(2002年)において、法的拘束力を持たない「ボン・ガイドライン」というルールが策定されたのですが、あまり効果がありませんでした。それでCOP10までに、法的拘束力のある議定書を作るかどうかも含め、ABSの新ルールをまとめることになったのです。
日本政府は、COP9までは「責任と修復」(連載第3回参照)と同様、ボン・ガイドラインを遵守すれば
十分で、法的拘束力のある議定書は必要ないという立場でした。しかし、COP10では議長国ですから、
ABS議定書が策定できるかどうかがCOP10成功の一つのカギとなったため、3月のABS作業部会の後、資金提供して再会合を7月に開催し、冒頭に紹介したようにやっと議定書の形を整えるところまでこぎつけたのです。「アイチ-ナゴヤ議定書」といわれるこの原案は、COP10の直前、10月にもう一度細部をつめる会合が開催される予定です。
こうしてできてきた議定書の原案には、まだたくさんの課題があり、かなり前途多難な状況で、議定書の合意は先延ばしになるか、専門機関の設置のみ決定することになるかもしれないという見方もあります。

……なぜABSが必要なのか

CBDは、人類が地球上でこれからも生きていくために必要な条約として、1992年の地球サミットにおいて誕生しました。3番目の目的であるABSは、生物資源が豊富な途上国が、自国の開発を控える代償を求めた結果であるといわれます。ABS議定書を定めることは、先進国の製薬会社やバイオ企業にとっては今までより不自由でコストがかかることになります。しかし、生物多様性の喪失を防ぐためには、今までタダ同然と思われていた生態系サービスや伝統的知識の価値を認めることが重要です。私たちの暮らしが途上国との不公平さの上に成り立っていることを認め、是正していく“意志”を示すこと、それが合意のために必要なのです。

※1 CBDのテーマで特に重要なものは作業部会でも議論される。ABS作業部会は2002年に設置され、現在、第9回まで開催されている。
※2 「生物学的海賊行為」と訳される。生物資源の収奪。

(みどりのニュースレター 2010年10月号 No.209より)

COP10がもっとおもしろくなる 今こそ知りたい 生物多様性ワンフレーズ 一覧に戻る