第17回 色鮮やかな夏の白馬 | 認定NPO法人 環境市民

第17回 色鮮やかな夏の白馬

文 ・写真/ 環境市民代表理事 杦本 育生

白馬岳頂上へのみちは、猿倉から大雪渓登山コースが最も知られているし利用されている。ただ、夏山だと人が多く、2kmほど続く雪渓の上を前にいる人とペースを併せて登るのは、景色を楽しみにくいし意外と疲れる。それで私がとる登山口は蓮華温泉である。蓮華温泉には大糸線の平岩駅からバスに乗る。つづら折れの道をバスが登っていくに従って、また山に戻ってきたという感慨が湧いてくる。

蓮華温泉で本当は湯につかりたいところだが、我慢をして荷物を整え登山道に入っていく。調子がまだ出ない最初は、行きたがる足に任せずできるだけゆっくりと歩くようにする。半時間に5分ほど少し見晴らしのいいところ、地面が乾いていて荷物を降ろすことができるところで小休憩をいれる。蓮華温泉で入れた水を飲む。冷えていてほんのり木の香りがする。2、3回ほど休憩すると鈍っていた身体が山で歩く調子を取り戻してくる。都会でかく汗とは異なる気持ちのいい汗を流しながら、3時間。今日の目的地である白馬大池に着く。

白馬大池は火山のせき止湖で周囲が約2㎞、標高2300メートルを越え樹林が周りにないので、開放的な気分が味わえる。この池には小さなサンショウウオもいる。7月下旬は、日本アルプスはどこでも高山植物の花がいっせいに咲き乱れる季節だが、白馬は白山周辺と並んで最も種類が豊かなところだ。白馬大池周辺はチングルマが黄色いお花畑をつくっている。ハイマツや草々の緑、夏でも残っている小さな雪渓の白、空の青と相まって自然の色鮮やかさが印象的だ。

白馬大池で一泊して、翌朝は早く起き、池の風景を楽しみながらお湯を沸かし、スープとドイツパンにバターを塗った朝食をとる。

まず、雷鳥坂と名づけられたみちを登り始める。たしかに、ここから白馬岳に至るみちで幾度か雷鳥に出会ったことがある。だらだらとした登りが続く。これが樹林帯の中ならつらくなることもあるが、大池から白馬岳へのみちは稜線続きで見晴らしが最高にいい。東の信州側はスパッと切れていて谷から冷たい空気が昇って来て、汗をかいた身体に気持ちいい。みち沿いには次々と高山植物が現れる。イワギキョウ、ハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、タカネナデシコ、ミヤマアズマギク、ミヤマシオガマ、ウルップソウ……余り関心がなかった人でも高山植物のファンになってしまうであろう。そのような中で他の花に混じらず、白い礫の中に濃い桃色の花を咲かせているのが高山植物の女王といわれるコマクサ。馬の顔の形に似ているので付けられた名前だ。その可憐な色、形を見ていると高嶺の花という言葉が思い出された。

コマクサ

途中の三国境から登りは重いリュックを背負った身にはけっこうきつい。しかし、澄んだ空気、青い空、岩肌、見渡す限りのアルプスの山々、黄色、紺、白、桃などの花々の彩、それらが生きている実感とこの星の美しさを丸ごと感じている幸せに心は軽い。

白馬山頂に着く。槍ヶ岳などとは違ってこの山頂は広く白い砂礫の上に多くの登山者たちが休んでいる。東南には黒部の谷を隔てて剣岳、白馬岳とともに白馬三山と言われる杓子岳、白馬鑓ガ岳、その向こうには鹿島槍、そして遠く南には奥穂高が見通せる。東の信州側は大糸線がとおる信濃大町、白馬村などが続く広い谷の向こうに戸隠高原。白馬はハクバと発音されることが多いが、やまの本来の名前はシロウマ。雪解け時に山の稜線に馬の形が現れ、それが苗代をつくる時期をしめすという、代馬がもともとの字であったという。

白馬山頂から見た杓子岳(手前)と白馬鑓ガ岳

ゆっくりと休憩した後、少し下って稜線にある白馬山荘に着く。山荘近くのキャンプ地で昼食。ケースに入れて持ってきた卵で目玉焼きをつくり、無添加のベーコンをあぶる。トマトソースでパスタも作る。山荘で買ってきた瓶ビールで乾杯。朝から動いてきた身体が旺盛な食欲を発揮する。何よりのご馳走は、360度展開する、雄大かつ繊細な景色。ビールがついすすんでしまい、2900メートルでの宴会になってしまう。

翌日、黎明から起きだし懐中電灯で道を照らしながらもう一度山頂へ。夜明け前の寒さを、ウィスキーをたっぷり入れた紅茶を飲みながらしのぎ、来光を待つ。朝日が顔をだすと雲海は紫となり、上空に浮かんだ雲は茜色となる。カメラのシャッターを押すことをつい忘れてしまう。だれもが美しさと畏敬を感じているのだろう。

(みどりのニュースレター 2008年3月号 No.178掲載)

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